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コスティア(コンスタンティン) テレシコヴィッチ

Kostia(Constantin) Terechkovitch
(1902-1978)

1902 5月1日モスクワ郊外のメチェルスコエに生まれる

   モスクワのアカデミーで学ぶ

1920 当初モスクワのモスクワ美術アカデミーで学ぶ
   そこでテレチコビッチはミシェル・ラリオノフと出会い
   パリの社交界を席巻したバレエ・リュスに参加するよう
   になる
   ロシアを襲ったボルシェヴィキ革命を嫌ってパリに出る
   アカデミー・ド・ラ・グランド・ショーミエールで芸術を
   学ぶ
   当時有名だったボナールやルノワールに私淑し、その作
   風を受け継ぐ
   そしてミッシェル・ラリオノフトにシャイム・スーティン
   、アマデオ・モディリアーニ、マルク・シャガールなど
   、ユダヤ人抽出の他の主要なフランス人アーティストを
   紹介される
   モンパルナスでは、キスリング、ブリアンションなどと
   親交があった
1926 テレチコビッチは、ジラール、キャトル シュマン、エリセ
   、ペトリデス、ベルニエ等のギャラリーで作品を展覧会
   開催した

   パリのサロンやパリでの多くのグループ展に参加した

1935 ラ・レアリテ・ポエティックの穏やかな色彩の同盟に
   加わる(モーリスブリアンション他)

1951 レジオン・オブ・オナーの騎士に選出される
   海外では、ブリュッセル、ジュネーブ、ニューヨークで
   展示を行った。
   情熱の画家として知られ、柔らかい筆使い、鮮やかで美し
   い色彩感覚で生涯に「幸福なる絵画」を探求し続けた

   シャガールなどと同じく、温かく、詩的な作品が多く、色
   を重ねたリトグラフの美しさは、日本でも人気がある

1964 スポーツ好きで、東京オリンピックの時来日している

1978 モナコにて亡くなる 享年76歳
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