1893年 バルセロナに宝石細工・時計製造職人の息子として生まれる
両親から譲り受けた近郊のモントロイドの農場に住む
1907年 バルセロナのラ・リョンハ(聖ルカ)美術学校に入学
目を閉じて物を触り、その触感からデッサンすることを教わる
1910年 両親の希望で商社に勤務したが、神経衰弱を患い、画家になることを許された
1912年 私立フランシスコ・ガリ美術学校に入学
1915年 フォーヴに影響を受けながらもカタロニアの風土性を強く残した肖像画や風景画
を描きはじめる(カタロニア的フォーヴィスム)( -17)
1918年 ダルマウ画廊で初めての個展
1919年 パリを訪れ、ピカソと交友を結ぶ
この後の20年間は、パリとバルセロナを行き来しながら制作
1920年 ダダ運動の代表者でもあるトリスタン・ツァラ、マックス・ジャコブらに会う
ダダ運動に参加
1921年 ラ・リコルヌ画廊で個展
個展は失敗し絵は一枚も売れず、一時モンロチに戻る
1922年 初期の代表作『農園』を制作
写実的な絵画制作を行う最後の年となる
1923年 記号的な絵画の制作を始める
『耕地』制作
ボクシングを通じてヘミングウェイと知り合う
1924年 ブルトン、アラゴン、エリュアールら詩人達と知り合い、シュルレアリスムに参加
シュルレアリスム宣言に署名、シュルレアリスムを象徴的・寓話的と解釈
1925年 「シュルレアリスム革命」誌に、作品が掲載される
シュルレアリスムの絵画展に参加
ピエール・ローブ画廊で個展が成功
1926年 ロシアパレエ団「ロミオとジュリエット」の舞台装飾をマックスエルンストと共同制作
1928年 オランダへ旅行。『オランダの室内T』等を制作
古典となった巨匠の作品からインスピレーションを得た作品を数多く制作していく
1929年 ピラール・ジュン・コーサと結婚
その後、しばらくの間、表現の危機に陥る。31年まで絵画を制作せず
1930年 パリのピエール画廊、ブリュッセルのゴーマン画廊で個展
初めてアメリカで個展開催(NYヴァレンタイン画廊)
ツァーラの「旅人たちの樹」のための最初の石版画を制作
1931年 ピエール画廊でオブジェ彫刻展
1932年 ピエール・コル画廊でモンロチで描いた小さな油彩群を発表
1933年 エッチングを初めて手掛ける
コラージュ的絵画を手掛ける
スペイン内戦前の不安も現れた暗く悪夢的な絵画を制作
1936年 スペイン内戦が勃発し、フランスに亡命
印象派美術館の「現代スペイン絵画」展に出品
1937年 グランド・ショーミエールのデッサン教室に入室
生きたモデルに直面し、フォルムをとりもどす契機となる
アトリエを持たないため、ピエール画廊の中二階で制作を行う
パリ万国博覧会スペイン館のために壁画『刈り入れ人』を制作
1939年 ノルマンディ海岸べりの小さな村に転居
フランコ独裁が始まると、ピカソらと同様、国外から共和国支援と独裁非難をモチー
フとした作品を国際世論に向けて次々と発表
1940年 代表作である『星座』シリーズの制作を始める
独自の造形言語が成立していく
ドイツ軍侵攻のため、スペイン・マジョルカ島に移り住む
1941年 ニューヨーク近代美術館で回顧展開催
1942年 スペインのバルセロナに戻る
1945年 ニューヨークのピエール・マティス画廊で個展
1947年 初めてアメリカへ
シンシナティの高層ビル内レストランの大壁画を制作
マーグ画廊のシュルレアリスト展に出品
1948年 パリのマーグ画廊で個展
1950年 木版画を初めて制作
翌年にかけてハーバート大学以来の大壁画制作
1953年 パリのマーグ画廊、NYのピエール・マティス画廊で個展
1954年 ヴェネツィア・ビエンナーレで国際版画大賞受賞
1956年 母と妻の故郷であるマジョルカ島パルマに移住
1959年 ニューヨーク近代美術館、ロサンジェルス美術館で回顧展開催
ユネスコ本部の壁画「太陽の壁」「月の壁」に対し、グッケンハイム財団国際大賞受賞
1962年 パリ市立美術館で回顧展開催
1964年 ロンドンのテート・ギャラリーとチューリヒ美術館で大回顧展
1966年 東京国立近代美術館、京都国立近代美術館で回顧展開催
1967年 カーネギー絵画賞受賞
1968年 バルセロナの旧聖十字架病院で大回顧展
1970年 大阪万博のために陶壁画制作
1971年 シカゴ・アート・インスティテュート、ロンドンのへイワード・ギャラリー
チューリヒ美術館などて彫刻展( -72)
1974年 グラン・パレで絵画・彫刻・陶器の大回顧展
パリ市立近代美術館で大版画展
1975年 ジョアン・ミロ財団 現代美術研究センターが正式にオープン
バルセロナのマーグ画廊で代表作品展
ミロ美術館開館
1976年 バルセロナに「ジョアン・ミロ財団現代美術研究所」開設
1978年 マドリードで代表作品展
1980年 メキシコ近代美術館で回顧展
日本国内で絵画・素描展が巡回
1981年 「ミラノのミロ」展がミラノの多くの会場で開催
1983年 12月25日マリョルカ島のパルマにて死去