1926年 三重県上野市(現在の伊賀上野市)生まれる 京都大学文学部卒業 旧制中学時代に書を松永楳園に、油絵を佐々木三郎に習う 戦後、書を辻本史邑に、篆刻を梅舒適に師事 京都大学文学部で美学を井島勉に学ぶ 辻本史邑が創立した日本書芸院、前衛書家の奎星会で活躍、 連続して推薦一席や奎星会賞など最高賞を連続で受賞し、 20代で審査員まで上りつめる 1952年 大阪に出て難波・東淀川・今里・上町台地を転々 後、八尾に住むこと17年余り 1958年 史邑の他界や書壇の体質・構造への疑問からすべての肩書きを返上して野に下った 1981年 親の死去に伴い帰郷、山国の山中暮らしを続けている 居を『草庵』と称し、門に『山居』の扁額をかける アトリエは『柝庵』と称す 2010年 10月3日、急性心不全のため奈良県天理市の病院で死去 享年84歳 伸びやかにして奔放自在な書、柔らかなタッチの詩情あふれる風景画、 仏の温かさが伝わってくる人物画など「詩書画三絶」の新しい世界を切り開いた 詩情あふれる詩・書・画一体の世界を創出し、幅広い分野で活躍を続けた書家
